2018/3/26
「禅の修行を志す」(「中村俊一の教育BOX」放送内容 ゲスト:北野大雲老師)

2018年3月13日(火)「中村俊一の教育BOX」の放送内容です。ただし、放送内容そのままではありません。今夜のゲストは、公益財団法人長岡禅塾の北野大雲老師です。「禅とは何か?」を北野老師の生き様からその一端を知ることができるかもしれませんね。


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今夜はゲストに、公益財団法人長岡禅塾の北野大雲(だいうん)老師にお越しいただいています。北野老師よろしくお願いいたします。

長岡禅塾というのは、公益財団法人ですから、お寺ではありません。つまり特定の宗教法人ではありません。禅による人材育成を目的として設立された、大学生対象の禅道場なんです。昭和11年、岩井商店(現・双日)の創業者岩井勝次郎氏によって設立され。約80年の歴史の中で、三百名近くの卒塾生を輩出しています。

塾生は個室を与えられて寄宿し、大学に通いながら禅の実践を行います。寮費は一切徴収していません。将来の進路についても何の拘束もありません。

禅の指導は代々臨済系の老師によっておこなわれています。先代の第3世老師が半頭大雅老師ですが、実は、私も半頭老師お弟子の一人です。その老師の法を継がれたのが北野大雲老師です。

ところで、北野老師の経歴が変わっていらっしゃるんですね。そもそも、私が長岡禅塾でいっしょに修行をさせていただいていた頃は、相愛大学の教授をされていました。それが、定年前に出家をされて、建仁僧堂で修行をされました。ですから、相愛大学の名誉教授でもあられます。今夜は、北野老師に、なぜ、禅の修行を志されたのかについてうかがいたいと思います。

北野「そうですね。若い頃から、私は『本当の自分とはどういうものであるのか?』。そして、人生は一回限りなので『本当の自分を生きてみたい』。そういった問題を心の中に持っていたわけですね。」

北野「大学を出てから、4年間ほど出版社に勤めていたことがあったんです。ところがですね。先ほどの『本当の自分とは何か?』という問題がだんだん大きくなって参りましてね。それで、退職して大学院(京都大学)に入って、そして、先ほどの問題を根本から考え直してみたいと思い立ったわけですね。」

しかし、よく大学院に合格されましたね。

北野「運よく合格して、5年間勉強しましてですね。その後、いろいろなところで非常勤講師をさせていただいて、38歳のときに幸いに大学(相愛)に職を得ることができたんです。」

北野「38歳から大学での研究を落ち着いてできるようになったんですが、ある時、窓から空を見ておりましたら、突然『ぽかんとした、空虚な感じですね』、そういった気分に襲われたんですよ。」

北野「これは何だろうとね。私の問題は『本当の自分とはどういうものであるか?』ということを哲学のテーマとしてやってきたけども、哲学というのは理論なんですね。だから、本当の自分とはこういうものであるという諸説はいろいろ学べるんですが、そういうことを学んでいる自分自身が、本当の自分の在り方かどうかが疑問になったんです。」


なるほど、理論と生活とが一致しないということですね。


北野「そういうことです。足が大地に着いていない。空理空論をもてあそんでいるだけではないだろうか。そういう疑問だったわけですね。」

北野「それでね。どうしたらよいかとなったときに、私の周りにたまたま禅をなさっていて、私から見たら素晴らしい人、素晴らしい人格だなと思われる方が二人おられたんですよ。」

北野「その方の人格というのは、禅の修行をされて練り上げられたに違いないと、そういう風に思いましたので、一人の方に禅道場を紹介していただきまして、禅の道に入っていったわけです。」

北野「禅とはどういうものかというときに、己事究明(こじきゅうめい)、つまり、己(おのれ)の事を究めていくということが根本としてあるわけです。」

北野「禅の場合は、頭ではなく、身体でもって究めていく。つまり、身についた究明の仕方になるわけですけれど、それが自分の方向と合致するわけですから、大学で哲学を教えながら、一方で、浅井老師(半頭大雅老師の本名)について、ますます禅の修行に励んでおったということなんですね。そのときに、たまたま中村さんが長岡禅塾にこられたということですね。」


しかし、北野老師、よく出家されましたですね。


北野「そうですね。私は、もともと出家ということを目的にして、禅の修行をしたのではないんです。先ほどから申し上げていますように、自分の問題として、本当の自分に出会いたい。そういう道を歩みたい。それが私の一番の願望だったわけです。だから、お寺に入って、頭を丸めるというのは、私の想定外の事だったんです。」


要するに、浅井老師から「私の法を継ぎなさい」ということですよね。


北野「そう。そう。そういうことです。」


そのためには、師家になるには、出家して僧堂に入り、僧籍を取っておかねばならないということで出家された。それにしても、その決断というのは、なかなかできることではありません。私はよく決断されたなと尊敬しています。

(60歳代の半ばで、臨済宗の僧堂へ掛塔(かとう)すること=入門することは、かなり肉体的に厳しく、普通では受け入れてもらえません。)

禅というのは、頭だけではなくて、生活そのものにおいて真理を追究していく、真理と一体となって生活をしていくということです。こういう経験を大学に通いながら、生活をしながら、無料で禅の経験ができる。こんな素晴らしいことはないでしょう。

長岡禅塾では4月から学生を募集しておりますから、ぜひ、学生の皆さんにはお勧めしたいと思います。長岡禅塾のホームページからお問い合わせをしてください。

http://nagaokazenjuku.or.jp/

北野大雲老師の著書『禅に親しむ』(禅文化研究所刊)、このご本は禅僧の数々のエピソードがちりばめられて非常に面白く分かりやすいです。ぜひ、禅の入門書としてもいいのでお読みください。

今夜はゲストに、公益財団法人長岡禅塾の北野大雲(だいうん)老師にお越しいただきました。来週も北野老師に長岡禅塾について詳しくうかがいます。お楽しみに。

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長岡禅塾での経験がなければ、今の私はありませんね。こんな素晴らしい経験ができるところはありません。

「本当の自分とは何か?」「本当の自分はどこにあるのか?」

しかも、理論だけではなく、理論が生きることそのものと一致する。

どう一致するか?その答えを知りたければ、長岡禅塾をお勧めいたします。

(ヒント)理性には限界がありますよ。