2018/5/21
多極化する世界と日本の行方
中東情勢が混沌としています。

まずは、イラン問題から、

1.2015年7月にアメリカのオバマ政権時に、イランが核兵器開発放棄をする「イラン核合意」がなされた。(イスラエルは反対していた)

2.イランの経済制裁が解除され始めた。イランの石裕が世界に出回りだした。日本は恩恵を受けた。アメリカのシェールガスはあおりを食った。

3.2018年になりトランプ大統領は、イランは世界最大のテロ支援国家であると指弾し、5月にイラン核合意からの離脱を表明した。経済制裁の再開を宣言した。

4.トランプは昨年12月エルサレムをイスラエルの首都に認定した。国連加盟国128か国から認定取消決議を受けながら、5月13日(イスラエル建国70周年記念日)にアメリカ大使館をエルサレムに移転した。(中東イスラム諸国を敵に回すと宣言したようなもの)

5.イスラエルは、占領地のガサで起きたパレスチナ人デモに、イスラエル軍が発砲し、多数殺害された。5月18日国連人権理事会が非難決議を可決した。(火に油をそそいでいる)


6.5月17日(メルケル首相の訪ロの前日)に、シリアのアサド大統領はプーチンと会い、今まで難色を示していたシリア憲法改正案に賛成し、改憲、総選挙、国家再建の早期実現を、アメリカ抜きで進めることを決めた。(アメリカはシリア問題から外れた。)


EUの反応は、

1.アメリカのイラン核合意離脱に反対していたEUは、アメリカの離脱からすぐに、アメリカの対イラン経済制裁が欧州企業に与える影響阻止の法律を実効に移した。(EUはアメリカと対抗する姿勢を明確にした。)

2.5月18日にドイツのメルケル首相はロシアを訪問し、プーチン大統領と会談において、イラン核合意はアメリカなし守ることで合意した。しかも、アメリカが反対してきたロシア・ドイツ間直結ガスパイプライン建設を発表した。

3.トランプ大統領は、メルケル大統領のロシア訪問時に、NATO(北大西洋条約機構)への軍事費支払いが少な過ぎるとドイツを批判した。アメリカは「欧州の連中はろくでもない者ども」などと欧州の反米感情を煽った。

4.親米のサウジアラビアに近いヨルダンなどの国も、イランに接近し始めている。

どうやら、ドナルド・トランプのアメリカは、中東や欧州での軍事力の撤退を考えているようですね。パックスアメリカーナ(アメリカの覇権が世界を平和にする)という目標を本気で捨てるようです。すでにオバマの頃から、アメリカは世界の警察を止めると宣言していましたね。

欧州はEUとロシアで上手くやってくれ、中東はロシアに覇権を移譲するから上手くやってくれ、という風に見えませんか。覇権は金がかかりすぎる。アメリカはアメリカファーストでやるということなんでしょうか。

アメリカはシェールガス・シェールオイルがあるから中東を捨てられたのかもしれませんね。アメリカでは原発撤退が続いています。私の直観では、アメリカではすでに次のエネルギー革命を見越しているような気がします。

この流れでいくと、アジアは中国でやってくれとなりそうですね。在韓米軍、在日米軍の撤退もシナリオにあるのかもしれません。というか、2026年在日米軍撤退という噂も聞きますね。すでに米朝関係は、中米朝になっているでしょう。韓国や日本はスルーされています。安倍さんは必死に食い下がっていますがね。

日本人もアメリカべったりの発想から抜け出ないと、知らぬ間に梯子を外されてしまいます。世界で最も少子高齢社会が進む日本の将来はどうなるのでしょうか。

安倍首相は、対中国警戒から、上手く外交・安保をされています。今、日本の外交・安保を安倍首相ほど上手くできる人はいないでしょう。その先の中国の覇権時代がやってきたときの対応も考えて欲しいですね。

森友・加計問題なんか、いい加減にしろと言いたいです。大卒・高卒の就職率も98%近くです。史上最高だそうですし、経済が好調なのに政権交代をする場合でしょうか?

それよりも、政府には反省をしてもらって、少子化対策、憲法改正、安全保障強化、規制緩和、ロボットAI推進(人手不足解消)、自然環境保護(国策として針葉樹林から広葉樹林へ転換=水源復活、海が復活、動物が復活する)、財政再建(人口が減り続ける限り、これは無理かも)、海洋資源開発(メタンガス、レアメタルの開発、資源国となり財政再建の可能性あり)、国策として新エネルギーの開発、医療技術の革新(健康長寿で、財政再建に寄与)などなど、将来に向けて資本の集中と選択をし、そのためなら日銀にお金を刷りまくらせて国際を買わせて、費用を捻出したらいいと思いますね。

それをやったらハイパーインフレになるって?すでに日銀は禁じ手の国債買いを大量にしているけれど、一向にインフレにはなりません。お金はどこに行っているかご存知ですか?日本にあるならば、インフレになってもおかしくないですが、日本円はアメリカ中心に世界に羽ばたいて行って、世界経済を日本円が支えているのですよ。だから、借金まみれの国なのに、日本経済はまだまだ好調だから、世界経済がおかしくなっても、日本円が買われるのです。

インフレになるぐらい将来の日本のために、国策的経済活動にお金を回せばいいのです。そして若者にもっとお金を回す。そうしないといつまでも将来が見えないと悲観する若者たちは、子どもを作ろうとしませんよ。

2018/5/10
『心身を育む自然栽培』(杉本哲也、中村俊一共著 登龍館)

『心身を育む自然栽培』(杉本哲也 中村俊一共著)を登龍館さんから出版しました。
ISBNコードを取得していませんから、自費出版になりますので市販されていません。

全国で初めて完全自然栽培米を食堂に導入した大阪の清風中高等学校で実施した「食育講座」の講義内容をまとめたものです。

内容は以下になります。

「心身を育む自然栽培 ― 杉本哲也」
・健康とは何か?
・その食べ物で健康になれますか?
・自然栽培で育てた作物が身体に良いのはなぜか?
・身体だけでなく心も育む自然栽培

「自然栽培は子育てに通じる ― 中村俊一」
・価値観の多様化から、子育てに悩む親が増えている
・自然栽培米の根の育ち方
・自然栽培米の籾の生命力
・自分の人生は自分で決断し、責任を負うもの
・身体は食べたもので作られる。心は聞いた言葉で作られる。未来は話した言葉で作られる。

杉本哲也さんより

『食べる物や健康に関する情報は世の中に溢れていますが、7年前に無農薬でリンゴ栽培に成功した木村秋則さんと出会って「自然の法則とは何か」や「健康とは何か」ということがわかりました。

自然栽培は宇宙で生きる上で最も大切なことを教えてくれているので、ある方からリクエストを頂き、その基本的な考え方を冊子にまとめました。

また自然栽培は子育てや教育においても知っておいたほうがいい考え方なので、そちらは盟友・立志館ゼミナール館長の中村俊一さんにまとめていただき、共著での冊子を発行しました。

自然栽培について興味がある方、健康になりたい方、ガンで困っている方、農業のあり方を知りたい方、食育に関心のある方、子育て孫育て中のお父さん・お母さん、お祖父ちゃん・お祖母ちゃん、給食をパワーアップしたい幼稚園・保育園の園長・理事長、学校の校長にお勧めです。』

1冊400円(送料別)ですが、読みたいという方は希望冊数をご連絡ください。
メールはこちらへ


2018/4/24
世界のラジオがネットで聞ける時代

2018年4月8日(日)インドネシア・スラバヤにあるFM局 Suara Surabaya(FM100)に生ゲスト出演をしました。

現地時間19:00〜20:30の1時間半も、日本の教育や日本語の勉強の仕方などをお話しました。もちろん、通訳してもらいましたよ。

番組の冒頭は、坂本九の「すき焼き(上を向いて歩こう)」です。インドネシアではたくさんの方がカバーしていて、インドネシア人のカバー曲から始まりました。コメントを求められたら、「ビルボードで全米1位になった曲です」などと答えました。55年前の曲です。

次に、なぜか、Kiroroの「未来へ」が流行っているみたいで、曲をかけた後で、いきなりどう思うと聞かれて、しどろもどろになりました。無警戒だったから、気の利いたコメントができませんでした。これは反省です。20年も前の曲だからなあ。

さらに、インドネシアで超有名な定番の曲は五輪真弓の「心の友」、日本人では知らない人の方が多いのでは?これは、コメントを考えていたからセーフです。36年前の曲。多くのインドネシア人は日本語で歌えます。

そんなこんなで、あっという間の1時間半でした。インドネシアの子会社の宣伝にはなりましたね。

日本でも、インターネットラジオRadiko.jpで、FM,AMが聞けます。しかし、視聴エリアは居住地域だけになります。他地域が聞きたければ、プレミアム会員にならないといけません。また、海外からは聞けません。

しかし、このインターネットラジオは世界中であるようで、インドネシアではRadioonline.co.idがあります。これは世界中で聞くことができます。

わたしのゲスト放送も、2時間の時差がありますので、日本時間21:00〜22:30までになりますが、妻と子供たちが日本で聞いていてくれたようでした。

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アマゾンのAIスピーカーに、「アレクサ、スアラ・スラバヤをかけて」と命令しても、「ちょっと、分かりません」と答えます。思わず「お前はサンドイッチマンか!」と突っ込んでしまいました。(これが分かる人がどれぐらいいるだろうか?)

インドネシア語がペラペラになったら、インドネシアでラジオ番組を持ちたいと思います。
2018/4/10
「脳を鍛えよう」(「中村俊一の教育BOX」放送内容 今シーズン最終回)

2018年3月27日(火)「中村俊一の教育BOX」(ラジオ大阪)の第16シーズン最終回の放送内容です。ただし、放送そのままではありません。

先日、インドネシアのスラバヤにある一番有名なFM局 Suara Surabayaにゲスト出演しました。約1時間半も生ですよ。ふらふらです。弊社通訳のスタッフに通訳もお願いしましたが、やはり言語は大切ですね。いつか、自分の番組を持てるほどにしゃべりたいと思いましたね。内容は、後日、アップしますね。(そのときの写真をアップしました)


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今夜は、「脳を鍛える」お話をします。とくに、幼少期から中学生ぐらいまでの子どもたちの脳の鍛え方のお話をしますね。

江戸末期には寺子屋が2万件近くあったと言われています。今の小学校ほどあったとも言われています。識字率も70%を超えていたという研究報告もあります。

その寺子屋教育の伝統は、日本の基礎教育の根本として今も残っています。

それは難しいことではありません。「読み、書き、そろばん」です。現在では「読み、書き、計算」になりますね。

日本が、明治維新から始まる文明開化で、あっというまに西洋文明を取り入れ追いつけたのは、江戸時代の寺子屋教育の「読み、書き、そろばん(計算)」のおかげだったのです。庶民の基礎学力が高かったので、西洋文明をすぐに真似できて、そして、改良を加えて日本のものにできたのですね。

明治の文明開化によって、アジアの中で唯一、日本が西洋文明に追いつけたのは、江戸時代の寺子屋教育のおかげとも考えられるのです。

日本語は世界でも最も難しい言語のひとつです。何度も古典を音読し、書き写すことによって、言語能力と難しい内容が自然に身についたと考えられます。

「素読百篇、意自ら通ず」で、意味が分からなくても正しく音読していることを続ければ、自然に内容も理解できるようになるということを実践していたんですね。

しかも、内容的には精神論が多くあり、人の生き方や在り方などが、自然と身についたようです。

さらに、そろばんを使った計算力の練習は、脳の活動を活性化させました。事実として、音読しているときや計算を解いているときは、脳全体に血流が巡り、脳が活性化しているという実験結果が報告されています。

つまり、音読や計算は、脳全体に血流をめぐらせて、脳を鍛えることになるのです。

幼少期から少年期にかけては、脳が発達する時期です。その時期に脳を鍛えることが、将来の人生にとって最も大切なことの一つです。

パソコンで言うならば、Windows7→Windows8→Windows10と進化するほど、パソコンの処理速度があがります。それと同じで、「読み、書き、計算」を鍛えると、脳の処理速度があがると考えられるのです。

さらに、おでこの後ろ側にある脳の神経細胞の前頭前野(ぜんとうぜんや)をも活性化させます。

前頭前野という脳の器官は、思考や創造、感情の抑制など人間らしさの中枢を司る器官と呼ばれています。つまり、基礎基本の徹底練習が前頭前野を活性化し、人格形成にも役立っているということになります。

感情のコントロールや、規律に従うことは、前頭前野の働きのひとつでもあるんです。だから、読み書き計算で脳全体に血を活発に巡らせれば、前頭前野も鍛えられて、人格形成にも役立つということになるのですね。

それゆえに、読み書き計算の徹底が子どもの頃には必要なんですね。

それから、最近、アクティブラーニングが教育の主流になりつつあります。つまり、その都度の状況において、自分で考え判断し決断する力が求められています。受け身の勉強でなく、自分で考え解決する力をつけて欲しいということです。

アクティブラーニングがこれからの時代に大切なことは分かりますね。ところがですよ。自分で考えなさいと言われても、どう考えてよいか分からなければどうしようもありませんよね。

要するに、考え方の基本形が記憶されていないとどうしようもないのではないか?ということなんです。人工知能(AI)も膨大な情報の記憶をもとに、それらを何万通りも試しながら最適な解答を出しています。

中学生までは「なぜそうなるのか」を考えながら基本的な思考法を記憶していく訓練が必要だと思います。どの教科においても、「なぜ、そうなるのか」という考え方を学び、それらが自由に使えるようになるまで練習し記憶することが大切ではないでしょうか。

簡潔に言えば、考え方の基本形を覚えてないとどうしようもないのではないですか?ということですね。

しかも、記憶を司る脳の器官である海馬(かいば)は使えば使うほど、海馬の入り口の細胞が太くなることが発見されています。つまり、脳は鍛えれば鍛えるほど記憶力が良くなるということなのです。

ということで、まとめると、読み、書き、計算の徹底が脳の処理速度をあげ、人格形成にも影響を与えます。その上に、先人たちから伝わる考え方の基本形を「なぜそうなるのか」を考えながら記憶し鍛えていく、そうすることで、記憶力も増大し、自分で考え判断し決断するアクティブラーニングの基盤ができあがるのです。

小中学校でも新学期が始まりました。心をあらたにしっかりと学んで、脳を鍛える決意をしてくださいね。

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教科書というのは、洗練された人類の思考の遺産を伝える役目があります。つまり、人間の思考方法の宝庫なんです。ただ教科書を覚えるのではなく、「なぜそうなるのか」「なぜそのように考えたのか」を追体験することで、先人の洗練された思考方法が身につきます。そのうえで覚えるようにすれば、自分の思考方法の基本ができあがるのです。

「なぜそうなるのか」。常にそれを考えることができる人が、世に起こる出来事の背後にある本質的なことを法則化できるのです。法則化のくせづけができた人が、多くの場合、人生において成功を収めているように思います。

2018/4/2
「長岡禅塾とは」(「中村俊一の教育BOX」放送内容 ゲスト:北野大雲老師)

2018年3月27日(火)「中村俊一の教育BOX」の放送内容です。ただし、放送そのままではありません。

先週に続いて、京都府長岡京市にある公益財団法人長岡禅塾の北野大雲老師にお越しいただきました。
http://nagaokazenjuku.or.jp/

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今夜は先週に続いて、ゲストに、公益財団法人長岡禅塾より、北野大雲(だいうん)老師にお越しいただいています。北野老師よろしくお願いいたします。

先週もお話をしましたが、長岡禅塾というのは、公益財団法人ですからお寺ではありません。つまり特定の宗教法人ではありません。禅による人材育成を目的として設立された、大学生対象の禅道場です。

昭和11年、岩井商店(現・双日)の創業者岩井勝次郎氏によって設立され。約80年の歴史の中で、三百名近くの卒塾生を輩出しています。塾生は個室を与えられて寄宿し、大学に通いながら禅の実践を行います。寮費は一切徴収していません。将来の進路についても何の拘束もありません。

禅の指導は代々臨済系の老師によっておこなわれています。長岡禅塾第4世老師が北野大雲老師です。さて、今夜は、北野老師に長岡禅塾での生活がどういうものかをうかがいたいと思います。


北野「長岡禅塾の生活には、規則というものがありますので、どういう規則に従って生活しているのかということをご紹介します。」

北野「朝は早いんですが、5時起床なんです。起きましたら、禅堂に行きます。そして、朝課と言いまして、朝のお経をみんなで大きな声を出して唱えます。その後、6時まで座禅をします。」

北野「それが済みますと、30分ほど禅堂の内外の掃除、掃き掃除、拭き掃除をします。それが終わりましたら、朝の食事です。粥座(しゅくざ)と言いまして、お粥をいただきます。」

北野「それから、外掃除、庭の掃き掃除に行きます。これを8時30分まで行います。ただ、大学の授業が1時間目からある場合は、あらかじめ連絡してもらって、大学に間に合うように早い目に出ていただくのは構いません。」

北野「その後は、自由時間です。大学に行ったり、禅塾で勉強したり、あるいは、アルバイトなど、自由にしてかまいません。」

北野「5時半に夕食をとることになっています。それからは、自由時間で、入浴もできます。」

北野「そして、1年間の半分、6カ月は夜8時から9時まで、夜座といいまして、座禅をすることになっています。9時が終わりましたら、また、自由時間です。だいたい、そういうようなスケジュールですね。」

北野「食事の当番というのがありまして、学生が順番に夕食を作ります。当番はお昼の3時に帰ってきて、5時半の夕食を人数分準備します。朝も当番制で、起こす役目、食事を作る役目があります。」

北野「それらは、すべて修行の一環としてやってもらうので、させられているという気持ちでやるのは困るんです。(笑)」

北野「というのも。禅の生活は、無心の生活ですね。その与えられている仕事に精神を集中して何事もやっていく。心の中を空っぽにして、仕事にあたっていくということですのでね。だから、座禅をすることはもちろん、お経をあげることも、掃除をすることも、食事の準備をすることも、すべて禅塾での生活は無心になって事にあたるという行(ぎょう)なんです。」


実際に、私(中村)も、禅塾におりましたので分かります。禅塾には垣根があるんです。広大な敷地ですから、とても長い垣根があります。それを剪定、刈込をしなければなりません。それも長い剪定ハサミを使ってやるんですけど、ものの5分もすれば、肩がパンパンになってきます。

そしたら、嫌になってきますわな。「嫌やな。しんどいな。早よ終わらんかな」と思いながら剪定すると、垣根の上がガタガタになってしまうんです。きれいにならない。

だから、嫌やと思ってからが本当の修行なんです。老師がいつもおっしゃるように、事になり切れ、事に無心であたれ。それがどういうことか分からんままに、目の前の葉刈りに一所懸命にやっていると、気付いたら、ビッシと見事にきれいに平らになっているんですね。

その時、心が洗われたスカッとした感覚になるんですが、これは実際に修行をしないと分からないんですよ。私は、長岡禅塾でそういうことをさせていただいて、どれだけ有り難かったことか。

老師は、今でも、庭をご自身で綺麗にされています。ですから、禅塾の庭は本当に美しい。行ったら感動しますよ。それは何かと言うと、掃除をする方の心が形となって現れているということなんですね。



北野「だから、修行の中で、一木一草も見落としてはならないと、厳しく師匠から言われましたね。私がいちばん叱られたのは、掃除の仕方だったですわ。私はきれいにしたつもりでも、「ちょっと来い」とね。そして、「ここは!」と指摘されるんですわ。そうするとダメなんですね。そういうことが何度もありました。」

北野「禅宗のお寺は、庭や外の掃除が行き届いているかどうかで、すべてが分かりますね。修行ができているかどうかは、庭を見れば分かります。」



現代においては、無心になる修行というのはなかなかできないです。長岡禅塾のような人材を作っていくところしかありません。大阪、京都、神戸などの方は、長岡禅塾から大学へは通いやすいですからね。4月から大学生になったのだったら、長岡禅塾をホームページで調べて、メールでぜひ問い合わせてはいかがでしょうか。

北野大雲老師の著書『禅に親しむ』(禅文化研究所刊)も出版されています。禅僧の面白いエピソードが書かれていて、興味深い内容です。ぜひ、こちらもお読みください。

今夜は先週に続いて、ゲストに、公益財団法人長岡禅塾より、北野大雲(だいうん)老師にお越しいただきました。北野老師、2週連続でご出演、どうもありがとうございました。



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アップル創業者のスティーブ・ジョブズも、禅の精神の影響を強く受けて、最先端の技術をクリエートしていたことは有名です。その禅の精神を体験できて、無料で生活をしながら、大学にも通える。そんな場所は、長岡禅塾しかありませんので、「本当の自分を知りたい」と思われる大学生の方は、ぜひ、行ったらいいと思います。

アドバイスをするとしたら、入塾したら、無心になるにはどうすればいいかだけにフォーカスしてください。そのために、事になり切ってあたってください。嫌だ、やめたい、逃げたいと思ってからが本番ですよ。そこで、逃げてはダメですよ。

2018/3/26
「禅の修行を志す」(「中村俊一の教育BOX」放送内容 ゲスト:北野大雲老師)

2018年3月13日(火)「中村俊一の教育BOX」の放送内容です。ただし、放送内容そのままではありません。今夜のゲストは、公益財団法人長岡禅塾の北野大雲老師です。「禅とは何か?」を北野老師の生き様からその一端を知ることができるかもしれませんね。


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今夜はゲストに、公益財団法人長岡禅塾の北野大雲(だいうん)老師にお越しいただいています。北野老師よろしくお願いいたします。

長岡禅塾というのは、公益財団法人ですから、お寺ではありません。つまり特定の宗教法人ではありません。禅による人材育成を目的として設立された、大学生対象の禅道場なんです。昭和11年、岩井商店(現・双日)の創業者岩井勝次郎氏によって設立され。約80年の歴史の中で、三百名近くの卒塾生を輩出しています。

塾生は個室を与えられて寄宿し、大学に通いながら禅の実践を行います。寮費は一切徴収していません。将来の進路についても何の拘束もありません。

禅の指導は代々臨済系の老師によっておこなわれています。先代の第3世老師が半頭大雅老師ですが、実は、私も半頭老師お弟子の一人です。その老師の法を継がれたのが北野大雲老師です。

ところで、北野老師の経歴が変わっていらっしゃるんですね。そもそも、私が長岡禅塾でいっしょに修行をさせていただいていた頃は、相愛大学の教授をされていました。それが、定年前に出家をされて、建仁僧堂で修行をされました。ですから、相愛大学の名誉教授でもあられます。今夜は、北野老師に、なぜ、禅の修行を志されたのかについてうかがいたいと思います。

北野「そうですね。若い頃から、私は『本当の自分とはどういうものであるのか?』。そして、人生は一回限りなので『本当の自分を生きてみたい』。そういった問題を心の中に持っていたわけですね。」

北野「大学を出てから、4年間ほど出版社に勤めていたことがあったんです。ところがですね。先ほどの『本当の自分とは何か?』という問題がだんだん大きくなって参りましてね。それで、退職して大学院(京都大学)に入って、そして、先ほどの問題を根本から考え直してみたいと思い立ったわけですね。」

しかし、よく大学院に合格されましたね。

北野「運よく合格して、5年間勉強しましてですね。その後、いろいろなところで非常勤講師をさせていただいて、38歳のときに幸いに大学(相愛)に職を得ることができたんです。」

北野「38歳から大学での研究を落ち着いてできるようになったんですが、ある時、窓から空を見ておりましたら、突然『ぽかんとした、空虚な感じですね』、そういった気分に襲われたんですよ。」

北野「これは何だろうとね。私の問題は『本当の自分とはどういうものであるか?』ということを哲学のテーマとしてやってきたけども、哲学というのは理論なんですね。だから、本当の自分とはこういうものであるという諸説はいろいろ学べるんですが、そういうことを学んでいる自分自身が、本当の自分の在り方かどうかが疑問になったんです。」


なるほど、理論と生活とが一致しないということですね。


北野「そういうことです。足が大地に着いていない。空理空論をもてあそんでいるだけではないだろうか。そういう疑問だったわけですね。」

北野「それでね。どうしたらよいかとなったときに、私の周りにたまたま禅をなさっていて、私から見たら素晴らしい人、素晴らしい人格だなと思われる方が二人おられたんですよ。」

北野「その方の人格というのは、禅の修行をされて練り上げられたに違いないと、そういう風に思いましたので、一人の方に禅道場を紹介していただきまして、禅の道に入っていったわけです。」

北野「禅とはどういうものかというときに、己事究明(こじきゅうめい)、つまり、己(おのれ)の事を究めていくということが根本としてあるわけです。」

北野「禅の場合は、頭ではなく、身体でもって究めていく。つまり、身についた究明の仕方になるわけですけれど、それが自分の方向と合致するわけですから、大学で哲学を教えながら、一方で、浅井老師(半頭大雅老師の本名)について、ますます禅の修行に励んでおったということなんですね。そのときに、たまたま中村さんが長岡禅塾にこられたということですね。」


しかし、北野老師、よく出家されましたですね。


北野「そうですね。私は、もともと出家ということを目的にして、禅の修行をしたのではないんです。先ほどから申し上げていますように、自分の問題として、本当の自分に出会いたい。そういう道を歩みたい。それが私の一番の願望だったわけです。だから、お寺に入って、頭を丸めるというのは、私の想定外の事だったんです。」


要するに、浅井老師から「私の法を継ぎなさい」ということですよね。


北野「そう。そう。そういうことです。」


そのためには、師家になるには、出家して僧堂に入り、僧籍を取っておかねばならないということで出家された。それにしても、その決断というのは、なかなかできることではありません。私はよく決断されたなと尊敬しています。

(60歳代の半ばで、臨済宗の僧堂へ掛塔(かとう)すること=入門することは、かなり肉体的に厳しく、普通では受け入れてもらえません。)

禅というのは、頭だけではなくて、生活そのものにおいて真理を追究していく、真理と一体となって生活をしていくということです。こういう経験を大学に通いながら、生活をしながら、無料で禅の経験ができる。こんな素晴らしいことはないでしょう。

長岡禅塾では4月から学生を募集しておりますから、ぜひ、学生の皆さんにはお勧めしたいと思います。長岡禅塾のホームページからお問い合わせをしてください。

http://nagaokazenjuku.or.jp/

北野大雲老師の著書『禅に親しむ』(禅文化研究所刊)、このご本は禅僧の数々のエピソードがちりばめられて非常に面白く分かりやすいです。ぜひ、禅の入門書としてもいいのでお読みください。

今夜はゲストに、公益財団法人長岡禅塾の北野大雲(だいうん)老師にお越しいただきました。来週も北野老師に長岡禅塾について詳しくうかがいます。お楽しみに。

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長岡禅塾での経験がなければ、今の私はありませんね。こんな素晴らしい経験ができるところはありません。

「本当の自分とは何か?」「本当の自分はどこにあるのか?」

しかも、理論だけではなく、理論が生きることそのものと一致する。

どう一致するか?その答えを知りたければ、長岡禅塾をお勧めいたします。

(ヒント)理性には限界がありますよ。

2018/3/19
「激変する時代」(「中村俊一の教育BOX」放送内容)
2018年3月6日(火)「中村俊一の教育BOX」(ラジオ大阪の放送内容)です。ただし、放送内容そのままではありません。

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今夜のお話ですが、時代の変革のスピードがとてつもなく速いように思うので、いろいろな例をあげて考えてみたいと思います。まずは、面白いデータからです。

女性が結婚相手に選ぶ男性の条件は何ですかと聞かれたらどう答えるでしょうか。

私たちのときには「三高」と言っていましたね。三つの高い、高学歴、高収入、高身長でした。

ところで今や、その三高のどれ一つもトップ5に入ってないんです。JCBが今年1月に実施した20代〜30代の女性を対象にしたインターネット調査によると、結婚したい男性像を聞いたところ、「高学歴」は最下位(16位)の4.3%、「高身長」は13位(6.5%)、「高収入」は7位(16.4%)だったんです。

そして、「イケメン」は8位(15.7%)、ついでに、「マッチョ」は11位(8.2%)でした。

そしたら、今の女子の結婚したい男性像は何なんでしょうか?

トップは「育児や家事をしてくれる人」(53.7%)。2位は「浮気と無縁で、自分だけに優しい人」(42.1%)、3位は「仕事を頑張る人」(32.2%)という結果だったんですね。ついでに、4位は「会話が面白い人」(27.6%)、5位は「節約が得意で家計に優しい人」(24.5%)でした。

なんだか今の女性は、かなり現実的でしっかりしていますね。夢を見ないで、現実を直視しているような。それが現代の日本の雰囲気を表していると思います。

JCBは「『三高』はもはや過去の話。イマドキの女性から支持されるのは『家族に優しい』『私だけに優しい』『家計に優しい』の『三優男子』だ」と、三つの優しさを持った男性が結婚相手には相応しいということなんですね。

JCBは「周囲に自慢できる男性よりも、協力しながら楽しい家庭を築いていける、頼れる男性にニーズが移ってきているようだ」と分析しています。世の未婚の男性にとっては、チャンスが広がっているのかもしれませんよ。頑張ってください。

時代が変われば、こんなに結婚への価値観も変わるものなのですね〜。

スマートフォンが現れてから7年ほどなんですが、電車の風景は全く違うでしょう。新聞や本を読んでいる人が圧倒的に少なくなりましたね。ほんとうに便利になりました。ラジオもスマホで、ラジコで聞く時代ですからね。

私はビジネスでインドネシアに行っていますが、毎日、家族と普通にラインで連絡をしています。通話もインターネットでラインの無料通話ですから、国際電話なんかかけたことがありません。

どこでも、インターネット環境とスマホが繋がっていたら、日本と連絡できますから、気分は日本での出張と変わりません。こんなことはスマホがない時代は考えられませんでした。

帰国した時にすぐに必要なものも、海外からネットで買って家に配達してもらえます。いざというときのネットバンキングもできますから、帰国して銀行に行く必要もありません。ほんとうに、便利に時代は変わりました。

ということは、この時代の流れについていけないと、どんどん取り残されてしまう可能性もあるんですよね。

デジタルカメラが登場する前までは、フィルムを使ったカメラが全盛でした。フィルムカメラで100年続いたアメリカのコダック社はフィルム製造の巨人でしたが、デジタルカメラも制作したものの、一度破産してしまいました。

日本の富士フィルムなんかは、健康サプリで有名な会社になっていますね。そのデジタルカメラも、今ではスマホにカメラがついていますから、売り上げが激減しています。めまぐるしい変化です。成功している時期が、どんどん短くなっています。

ところが、これからもっと時代が激変する可能性があるんですね。

人工知能AIが2012年にディープラーニングと言って自分で学習し始めるプログラムが動き出したら、あっというまに人間よりも賢くなりました。すでに、チェス、将棋、囲碁では人間はAIには勝てなくなって来ています。

GoogleでAI事業のリーダーである発明家のレイ・カーツワイルは、「2029年には汎用型の人工知能が人類史上初めて人間よりも賢くなるだろう、そして、2045年には、1000ドルのコンピューターの演算能力が人間の脳のおよそ100億倍にもなって、人間の能力と社会が根底から覆り変容するだろう」と予測しています。

人類とその社会が、AI技術の発達でそれまでとは全く変わってしまう出発点を、「技術的特異点=シンギュラリティー」と言いますが、これから、この言葉がどんどん使われ出すと思いますよ。

2045年がそのシンギュラリティーと予想されていますが、私は85歳なんで、なんとか頑張って生きていたいですね。そのときには、若返りの技術もできているかもしれませんからね。

だから、人間の仕事もほんとうに変化するでしょう。英オックスフォード大学でAIの研究を行うマイケル・A・オズボーン准教授は、10〜20年以内にアメリカの総雇用者の47%が自動化されるだろうと予測しています。

自動運転が生まれたら、運転手の仕事はなくなりますね。ロボットが作業を効率化させて、肉体労働を奪います。さらに、人間より賢い人工知能が、知的労働もするようになりますから、医療、法律、行政、金融、教育などあらゆる分野で自動化されます。そういう専門職もいらなくなります。

どんな時代になるのか想像できませんが、まもなくやってくるのです。

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3月20日(火)には、先週に続いて、公益財団法人長岡禅塾の北野大雲老師にお越しいただいて、「長岡禅塾とはどのようなところなのか」についてうかがいます。お楽しみに!
2018/3/12
「北原流 運の引き寄せ方」(「中村俊一の教育BOX」放送内容 ゲスト:北原照久さん)

2018年2月27日(火)「中村俊一の教育BOX」の放送内容です。ただし、放送内容そのままではありません。

3週連続で、横浜ブリキのおもちゃ博物館館長で、開運!何でも鑑定団鑑定士でもおなじみの北原照久さんにお越しいただきました。その最終回です。

「北原流 運の引き寄せ方 4つの法則」
1.周りの人の喜ぶことをすればいい。
2.自分の幸せに気づく。
3.幸せになった振りをする。
4.いつもいい言葉を言う。

詳しくは以下の内容をご覧ください。

(写真は御金神社で、北原照久・旬子夫妻、泉ゆうこさん=アシスタント、高橋良児さん=北原さんの右腕、私)

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今夜のゲストは、先週に続いて、横浜ブリキのおもちゃ博物館館長、開運!何でも鑑定団鑑定士でもおなじみの北原照久さんにお越しいただいています。

さて、北原さん、3週連続のご出演、どうもありがとうございます。北原さんは、よく、お医者さんの息子だから、お金持ちの息子だからコレクターになれた、などと噂されたりしますけれど、全くのでまかせで、ゼロからスタートされて、自分の才覚と努力で、世界一のコレクターになられたんですよね。

それで、北原さんと長いお付き合いですが、世界一運の良い方じゃないかとも思うんですね。それで、北原さんの運の引き寄せ方にはコツがあるんじゃないかと思うんで、その秘密をぜひお聞かせください。


北原照久「いいですよ。いや、ほんと運がいいんですよ。なぜ、運がいいかと言うと、一つは、運がいいと思っている。」

北原「それで、運が良くなる魔法の言葉というのがあってね。人生とは運がいいだけの人もあり得ないし、運が悪いだけの人もあり得ないんです。でも、良いことを長くして、悪いことを短くすれば、右肩上がりになっていくじゃないですか。」

北原「その簡単な方法があるんです。運の良くなる魔法の言葉です。一つは、感謝という言葉です。」

北原「それで、悪い時があるよね。すごく病気がち、思った通りにいかない、成績がよくならない、そういう時は、どういう風に考えればいいか。災難があるからダメなんだよ。難が有るからダメなんだ。しかし、「難が有る」「難が有る難が有ると」何度も続けて書いていったら、「有る難」になるじゃないですか。これは、「有り難う」なんですね。」

(注)「ありがとう」は、「有り難い 有り難し」=「めったにないこと」が語源です。仏教においては、「人間としてこの世に存在すること自体が有り難きこと」とされています。

北原「だからね。悪い時は、これで済んで良かったとか。ピンチはチャンスとかね。肯定的にとらえる。良くないと思っているきは、難が有るから「有り難う」だ、そういうときこそ「ありがとう」と言っちゃえばいいんです。」

北原「感謝・ありがとう という言葉をいつも口から出して言っていれば、絶対的に右肩上がりになります。」


運命を恨むような状態のときも「ありがとう」と言う。


北原「そう。難が有る、有り難う。いつも、いい時は俺のおかげ、悪い時はお前のせい、みたいなのが一番いけないんです。」

北原「感謝とありがとう、僕、どれだけ口に出して言っているか分かんないです。」

北原「それから、ツイてる。運がいい。いい言葉をおそらく僕は何百万回も言っていますよ。僕が出した本の帯のところに、『ツキはツイていると思う人のところにつくんです』と書いていますが、『運がいい、ツイてる、感謝、ありがとう』と、とにかくいい言葉を常に発していれば、その通りになっていきますよ。」


まさに日本は言霊(ことだま)の国ですから、いい言葉を言えばそれが実現していく。これは、引き寄せの法則ですよね。

よくみなさん、神社に行くと「〜してください」とお願いばかりするんですね。お願いばかりすると、お願いばかりが実現するんですよ。

ほんとうは、神社では感謝するんです。北原さんのおっしゃる通りで、毎日、ちゃんと生活させていただきありがとうございます。というように感謝をささげると、感謝が感謝を呼んでくるんです。

そもそも引き寄せの法則というのは、科学的に正しいかどうかは証明できないのですが、潜在意識にいい言葉を入れると、その言葉が波動となって宇宙に出ていく、そしてその波動が同じものを引き寄せて自分に還ってきて、その言葉がオートマティックに実現すると言われます。

だから、北原さんは、ツイてる、運がいい、感謝、ありがとう、いい言葉しか言いませんよね。感謝とありがとうが、ぶわっと波動となって宇宙に出ていくんですね。その感謝とありがとうの波動に引き寄せられて、感謝とありがとうが寄ってくるんですよね。

悪口や不平不満を言うと、その悪口や不平不満が波動となって宇宙に出て行きます。そして、その波動に吸い寄せられるように、ますます悪口や不平不満を言いたくなる現実が引き寄せられるんですね。

神社で「〜が欲しい」と願うと、「欲しい」波動が放出され、言葉通りに、欲しいままの状況が続くんですね。


北原「そうだよ、そうだよ。これ、ほんとうに大事なことだから、いつも、ツイてる、運がいい、感謝、ありがとう、といういい言葉をいつも言う。これね。絶対、大事です。」


ところが、これができないんですよね〜。ついつい悪口を言ったり、なんでこんな環境なんだよと、私も言うんですよね。そういう時は、北原さんを思い出すんです。私のポジティブの師匠ですね。


北原「僕もこの間、古希になったじゃないですか。70年間生きてきて、ほんとうに思ったことがみんな実現していくんです。会いたい人には会える。欲しいものは手に入る。ほんとうに思った通りになるから、間違いないです。」

北原「それと、引き寄せで大事なものは、祈りだと思います。何でもいいんです。神社でも、教会でも、お寺でも、自分が信じているもの、太陽、月、自然、自分が感じたもの、それらを祈るんですよ。ありがとうございます。感謝します。そういう祈りの行為は波動を上げるんですよ。波動を上げると、波動は同じレベルで引き合うんです。祈りの気持ち、感謝の気持ちのある人は波動が高いんです。そして、いい波動同士が引き合ってさらに向上していくんですね。」


北原さんの周りには、感謝のできるパワフルな人たちが集まって来ていますよね。その人たちが集まって、さらに新たなビジネスになって行ったりしますよね。


北原「ほんとそうなんです。人生はいい出会いで決まります。人生はいい出会いをすることがすべてなんです。人、もの、本、音楽、何でも、いい出会いを引き寄せるためには、いつも自分の波動を上げるんです。」

北原「それのいちばん簡単なのが、空を見て、お月さまを見て、太陽を見て、偉大さや、美しさ、素晴らしさを感じたときに、感謝、ありがとうございます、感謝、ありがとうございます、感謝、ありがとうございますって、ものの5秒もかかりません。それをやるだけで、間違いなく波動が上がります。これ、僕が言っている訳だから、いつもそうやって波動を上げていますから。」

北原「そうやって、思いがけず、いい人と出会っていく、中村館長だって、僕の言葉を見て、これいい言葉だな、この人に会いたいなって言って引き寄せる訳ですよ。」


私も40代の前半は、仕事が大変だった頃なんかは、愚痴ばっかり言っていたんですよ。そして、どんどん負のスパイラルに入っていくんですね。それで、あるとき、北原さんの本を読んだんですよ。そしたら『夢は叶うきっと叶う』って、これは感動的な本だな、この方にぜひ会いたいなと思って、ダイレクトにご連絡して初めてお会いすることができたんですね。そして、それからいろいろ学んでいったんです。

人生変えたい人はたくさんいるでしょう。でも、なかなか変えられない。そんなときはどうしたらよいか、そんなときは、あこがれの人の真似をするんです。その人の考え方や、その人の振舞いを真似るんです。私にとったら北原さんですね。40代は北原さんがいたからこそ、私も運が良くなったのかもしれません。


北原「ありがとうございます。じゃね。最近、よく言っているんだけど、最高に幸せに生きるための4つの言葉があるんです。」

北原「1つ目は、周りの人の喜ぶことをやればいいんです。2つ目は、自分の幸せに気づくんです。気づかない人がいっぱいいるんですよ。3つ目が、幸せの振りをすればいいんです。そして、4つ目が、いつもいい言葉を言えばいいんです。この4つです。」

北原「疲れた、疲れた、たいへんだ、たいへんだ、と言うより、いやもう、楽しかったですとかね。大変なときに、幸せになった振りをすればいいんです。そうしたら、幸せな振りをした方に、間違いなく引き寄せられますよ。」


1つ目は、周りの人の喜ぶことをする。人に喜ばれたら、人が集まってきますもんね。2つ目は、自分の幸せにきづく。私たちは生きているだけで幸せなんですが、なかなか気づかない。それが当り前だと思うと感謝は出てこないですよね。3つ目は、幸せの振りをする。幸せの振りをするだけで、心はハッピーになりますもんね。そして、4つ目は、いつもいい言葉を言う。人はいい言葉を聞くと嬉しいですもんね。

北原「そう。否定的な言葉じゃなくて、肯定的な言葉を言う。」

そんな人がいたら、寄って行きたくなりますもんね。今日のお話は、録音して毎晩聞きたいと思います。

今夜は、ゲストに、横浜ブリキのおもちゃ博物館館長、開運!何でも鑑定団鑑定士でもおなじみの北原照久さんにお越しいただきました。北原さん、3週連続のご出演どうもありがとうございました。

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3月13日(火)、明日の放送では、公益財団法人長岡禅塾の北野大雲老師にお越しいただいて、なぜ、禅を志されたのかうかがいます。北野老師は、相愛大学の教授でしたが、20年以上、長岡禅塾の半頭大雅老師(故人)のもとで居士として修行をされていました。定年前に、なんと出家をして建仁僧堂で修行され、半頭老師の法を継がれました。私も半頭大雅老師の弟子ですので、法を継がれた偉大さがよく分かります。

2018/3/5
「いい言葉のコレクター」(「中村俊一の教育BOX」ゲスト:北原照久さん)

2018年2月20日(火)「中村俊一の教育BOX」の放送内容です。ただし、放送内容そのままではありません。

今日の後半の内容には「引き寄せの法則」のテクニックが出ています。ぜひ、ご活用くださいね。

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今夜も先週に引き続いて、横浜ブリキのおもちゃ博物館館長で、開運なんでも鑑定団の鑑定士でもおなじみの北原照久さんにお越しいただいています。

さて、北原さん、先週のスペシャル番組に続いてご出演いただきまして、ありがとうございます。北原さんは、現代の生活文化のコレクターとして世界NO.1ではないかと言われています。その他にも北原さんは、「いい言葉のコレクター」をされているんですけど、本もたくさん出版されています。今夜はその中から、いい言葉をいくつか紹介していただきたいと思っています。


北原照久「いいですよ、もちろん。言葉コレクターですから、本も実は72冊出しています。自分の年齢(70歳)よりは多く出しています。言葉って力があるし、僕は言葉でどんどん人生が良くなって行ったような気がするんです。」

北原「その時々に、こういう言葉を聞いて良くなったとか、自分がこの言葉を信じてやってきたから、すごく人生が良くなったっていっぱいあるんです。自分がこんなに良くなったんだから、まわりの人も絶対に良くなって欲しいと思うんですね。」

北原「そうやって、いつもノートにいい言葉を書きためていたんですが、これ、本にしたいなと思ったんですね。」

北原「それから、もう一つはFacebookですよね。Facebookを2012年から始めたんですけど、『今日、何食べました』『今日、どこ行きました』って載せる方もいて、それはそれで楽しいんだけれど、僕はせっかくこんなにいい言葉をたくさん知っているんで、『今日の言葉』というのをやろうというので始めたんです。」

北原「その言葉で、人生が良くなりました、病気が治りました、夢が叶いましたと、どんどん増えてくるんですよ。それを見てね。僕もやる気十分になって、いい言葉だけでも3冊も本出してますからね。」


素晴らしい。私もね。北原さんの言葉から、生き方の指針になる言葉をいくつもいただいているんです。

初めてお会いしたときに聞いた言葉が、『過去と他人は変えられないけれど、自分と未来は変えられる』。素晴らしい言葉です。

最近、よく使わせていただいている言葉が『身体は食べたもので作られる。心は聞いた言葉で作られる。未来は話した言葉で作られる』ですね。


北原「これ、抜群にいい言葉です。未来は話した言葉で作られるんです。だから、よく愚痴ったり、ぼやいたり、恨んだりするなと、いつも前向きで、いい言葉を言う習慣をつければいい。」

北原「僕、こういうことをやりたいんです。したい。ほしい。絶対に手に入れますからとかね。前向きな言葉を言っていれば、その通りになって行きますよ。」

北原「未来は話した言葉で作られるって、僕には無理です。僕にはできません。無理だとか、出来ないだとか、言っていれば、本当にできないんです。」


それは脳科学からも正しくって、人間は自分に限界を設けた瞬間に、脳はその目標に向かって働かなくなる。僕はあれを達成したいんだけど、今は環境が悪いからダメだと言った瞬間に、脳はダメだという言葉を受け取って、脳はその目標達成のために働かなくなるんです。

北原さんは、子どもの頃から、やればできるという言葉が沁みついていますから、できないことはないんですよ。それがやはり、北原さんの原動力じゃないかなと思うんですね。


北原「そうですね。最初に人生で、大きく変わったのは、高校時代ですけどね。本郷高校の沢辺利夫先生が、『北原、やればできるぞって』言われたんですね。」

参照 
http://blog.cyberworld.ne.jp/kyoiku/index/d20160321.html

北原「やればできるぞっていろんな人が聞いているかも分からないけれど、それを受け取る側が大切なんですよ。僕は、がちっとキャッチしたんです。」

北原「僕も、やればできますか?お前、やればできるよと褒めてくださった。また、褒められたくて、やってみよう。そして、やればできた。また、褒められた。また、頑張る、褒められるという繰り返しで、自分の中でどんどん、どんどん良くなって、そこから全く人生が変わりました。」


高校までは、やんちゃだったんですよね。


北原「もう。反抗期です。学校にも行かない。とにかく、反抗期ですね。」


テストも解答しなかったとか?


北原「解答しなかったというより、分かんないし、名前だけ書いて出すというね。それが、本当に高校で、180度変わって、それはやはり人との出会いですよね。言葉との出会いです。だから、人は変われるんです。」


やればできるということを高校時代に体感された訳ですよね。実際に総代になって卒業されたんでしょう。


北原「そうなんです。生徒代表の総代です。成績は800人ごぼう抜きしたんです。嘘だと思うなら、東京にある本郷高校、水泳の北島康介だとか、アーティストの村上隆だとか、こち亀の秋本治だとか、EXILEのATSUSHIだとか、すごい後輩がいるんですけど、入学案内はこの僕ですから、伝説の800人抜きですから、なかなかね。10人は抜けても、800人はね。」

北原「やはり、僕は一番になったんですよ。だから違うんですよ。先ず、クラスで一番、とんでもないできの悪いクラスで、試験の平均点5点ぐらいですよ。僕の初めてのまぐれの60点で、沢辺先生が褒めてくださったんだけど、その次の70点なんて、他のクラスなら平均点なんだけど、僕のクラスでは断トツによかったわけです。友達も褒めてくれる。先生も褒めてくださる。そうすると、また、やる気になる。いいスパイラルに入ったんですね。」


その切っ掛けをもとに、人生はやればできる、限界はないという風になったので、それが人生を変えていく原動力になったんですね。だから、言葉というのは大切で、肯定しないといけませんね。


北原「そう。否定からは何も生まれないんです。とにかく肯定して、やればできるよと言ってね。でも、努力もしなきゃいけない。それに向かわなきゃいけない。目指さなきゃいけないんだけど、よく中村館長も言うけど、完了形で、何々を手に入れました。何々になりましたと完了形で思わないとダメだっていいますね。」


そうですね。『何々に成りたいと思います』だと、永遠に『何々になりたいが現実化』するんです。だから、ずっと『何々になりたい』が続くんです。『何々が欲しい』と思い続けると、『欲しい状態が現実化』して、『欲しいまま』なんですね。


北原「だから、車が欲しいなら、どんな車が欲しいのか、そして、その車に自分が乗って運転しているところをイメージして、誰とどこへ行くんだ、どんな音楽を聞くんだと、その夢が実現した後のことを具体的に思えばいいんです。」


それが引き寄せのコツとも言われますね。

泉ゆうこ「これ身につけたいと思いますけど、なかなかすぐには難しいですよね。」

それ、その言葉がダメなんです。

泉ゆうこ「ああ。もう言っちゃた!」


北原「これはね。トレーニングをしたら、だんだん脳が完了形になっていきますから、夢が実現した後のこと、その後、どうなっているんだとイメージしたらいいんです。イメージ力ですね。」


それで、北原さんには、素敵なテクニックがあって「後良し言葉」があるんですよね。


北原「後良し言葉って、いい言葉を後に言うんです。否定の言葉って、みんな言いたがるんですよ。最近病気がちだよなとか、商売やってたら、売れないよなとか、言うじゃないですか。」

北原「自分で言っちゃたらしょうがないからね。と思ったけど、俺は絶対上手くいくから大丈夫とか。最近病気がちなんだよね、と思ったけど、俺は健康だから絶対によくなる。最近、記憶力が落ちてきたよなと思ったら、いけないけない、歳とともに記憶力は良くなるんだって、いい言葉を最後に持ってきたらいいんです。」


そうですよね。私たちは、悪く思ったり、不安になったり、ついつい否定的な言葉を口にしてしまうじゃないですか。そう言ったとしても、そのときに気が付いて、いい言葉に直してしまう。


北原「これは、人に聞かれなくてもいいんです。トイレの中でも、どこでもいいんです。ツイてないと言ったら、と思ったけど、ツイてるから大丈夫、と自分に言い聞かせればいいんです。」


泉ゆうこ「吐いた言葉は飲めないと思っていましたけど、つけたせばいいわけですね。」


北原「そう。言い直しておけばいい。これ本当に簡単だし、癖になると全部そうなりますよ。」


いいトレーニング方法が聞けましたね。今夜はゲストに、横浜ブリキのおもちゃ博物館館長で、何でも鑑定団の鑑定士でもおなじみの北原照久さんにお越しいただきました。来週のこの時間にも北原さんにお越しいただきます。北原さん、どうもありがとうございました。来週も楽しみです。

2018/2/28
「夫婦円満の秘訣」(「中村俊一の教育BOXスペシャル」ゲスト:北原照久・旬子夫妻)

2018年2月17日(土)「中村俊一の教育BOXスペシャル」30分拡大番組の放送内容です。ただし、放送内容そのままではありません。

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今夜のスペシャル番組のゲストに、横浜ブリキのおもちゃ博物館館長で、開運!何でも鑑定団鑑定士でもおなじみの北原照久さんと、奥様の北原旬子さんにお越しいただいています。

さて、北原さん、毎年お忙しい中スケジュールを空けていただいて、教育BOXのために横浜から大阪までわざわざお越しいただき、ありがとうございます。13回目ということは、13年目ですから、この番組も長く続いていますよね。ありがたいですね。

しかも、今日は奥様の旬子さんにもお越しいただきました。嬉しいですね〜。そして、北原照久さんは1月30日に、なんと70歳、古希をお迎えになられました。おめでとうございます。

古希を迎えられたなんて見えないでしょう。超、お若いですよね。奥様の旬子さんは、北原さんが青山学院大学時代のマドンナで有名で、その方を北原さんが射落としたということなんですね。奥様の旬子さんも、超、お若かくて、おきれいでしょう!スタジオに来られたとたんに明るくなりました。


北原旬子「いいえ。ありがとうございます。」
北原照久「よかったね。花みたいだね。スタジオに来たとたんに明るくなるなんて!」


そこで、今夜はね。古希を迎えられても益々お若いお二人の若々しく生きる秘訣と、本当に仲良しのお二人の夫婦関係の仲良くする秘訣について、今夜は伺いたいと思います。
まず、青学時代の恋愛について伺いたいですね。


照久「僕たちは同級生でした。僕は経済で、女房は英文科だったんで、僕は浪人をしているから一つ年上なんだけど、みんなで会う食堂だとか、学校の周りのカフェだとか、そういうところで会うわけですよ。」

照久「僕らはほとんど男ですから、女房の方は女性が多いんです。会うと、女房はけっこう目立っているんですよ。今は、陸の王者青学ですけど、昔はチャラい青学ですから(笑)、男は女性にアタックをかけるんですよ。だから、ライバルだらけ。」


奥様は北原さんのことをどう思われたのですか?


旬子「わりと自然な感じでしたね。それで、妙にスキーに行こう。スキーに行こう。と言うんです。まだ、会ったころは暖かかったので、そのうち行こうねって言っていました。スキーが得意だったので、自分のいちばん得意分野を見せたかったのね。」

北原「自分の得意ジャンルだと、やっぱり輝くわけですよ。実家はスキー専門店ですから、もの心ついた頃からスキーをやっているんでね。スキー場に行けばスキーが上手い方がカッコいいんですよ。絶対!」


それでいっしょに行かれたんですか?


旬子「それがなかなか行かなかったんです。」
照久「そこまでが大変だったんですよ。」
旬子「なかなか行かなかったんだけど、それで誘うんだと思うほど上手くてカッコよかったです。白銀の誰もシュプールを描いてないところを一人で降りて来たりだとか、すごい上手かったですよ。」


それを見てやっぱりあこがれを持たれましたか?


旬子「周りにそんなうまい人は見たことありませんでしたから、上手いなとは思いましたけど。小学校のときからやってるんですものね。」

照久「僕ね。実はすごい奥手なんですよ。高校時代は男子ばっかりで、高校時代は集中して勉強をしたんでね。小中と全く勉強しない。高校で本格的に勉強したんですよ。だから、女性と遊びに行くだとかは全くしなかったんですよ。」

照久「大学入っても、デートをする、手をつなぐことなんか全くできないタイプだったんですよ。今なんか、誰でもハグしますからね。(爆笑)」

旬子「今は、ちょっと危ない。(笑)」

照久「ほんと、今は、誰でもハグするんだけど、当時は、手もつなげない。シャイで、女性に対して奥手という言葉がぴったりですね。」

照久「それから、すぐ声を掛けられないから、ユーミンの待ち伏せという曲があるじゃないですか。ああいう感じで、待って偶然を装って会ったふうにしかできないんです。」


なんと純情な。


旬子「後で聞いたんですよ。」


そして、どういうふうにしてお付き合いが始まったんですか。


照久「そうやって、僕が待ってます。そして、女房達のグループが来た時に、やあ。また、会ったねみたいなね。」

照久「僕の仲良しの後輩で、アイスホッケーがやたら上手い奴がいたんです。実業団から青学に来たぐらいだからね。それで、一緒に見に行ってね。旬子ちゃん、あいつが旬子ちゃんのために今、シュートするから見てろって、ほんと圧倒的に上手いから、ピャーっと入れるんです。旬子ちゃんに、今のはプレゼントだ。みたいな、訳の分からないことを言ってね。(笑)」

照久「ほんと訳の分からないこと言ったりね。わー、すごいみたいなね。そうやって、じわじわ、じわじわ。」

照久「それで、映画に誘ったんだけど、今でも覚えてるよね?」
旬子「マッケンナの黄金」
照久「それが、初めての映画デートですね」


そうして、仲良くなられて結婚されました。それでは、話は次に移りますが、照久さんがコレクターとして収集されていたのはお気づきでしたか?


旬子「そうですね。いろんなものをコレクションしたんですけど、おもちゃに行くまでにもいろんなものを集めてました。おもちゃになってからは凄いパワーでしたから、毎日、いろんなものを持って帰ってましたね。」

照久「そうは言っても、いちばん最初にコレクションしていたのは、僕じゃなくて女房の方なんです。」

旬子「私は使えるもので、食器とかのアンティークなものは、買っても使えるからと思ってコレクションしてました。」

照久「僕は20歳からですから、女房はもっと早くから、器だとかスプーンだとか、そういうものを集めてました。


ということは、お二人には同調する何かがあったんですね。


照久・旬子「もちろん、そうですね。」

照久「僕は20歳からだけど、熱しやすく冷めにくい性格を持ってるので、そっから今70歳ですから、50年間集めっぱなしですから!」


一つも売ったことがないんですよね。


照久「そうなんです。手放したことがないというね。スゴイでしょう。普通じゃないですよね。自分でも普通じゃないと思います。」


確かに、普通じゃない!管理が大変じゃないですか?


旬子「でも、よく覚えてますよ。他のことはすごく大雑把なんですけど、おもちゃのことは、ここはこういう棒があったとかね。何かここが違うとか、すごいよく覚えてます。」

照久「その棒って言うのは、やめて欲しい。(笑)棒じゃなくて、こんなパーツが絶対あるから、探すとあったりだとかね。そういう細かいとこまで覚えているという。それだけ、思い込みが強いんですよ。」


何十万点とあるんじゃないんですか?


照久「いや、いや。おもちゃだけじゃなくて、広告のコレクション、明治、大正、昭和の古いポスターのコレクションだとかね。マッチのラベルだとか、そうすると、明治のマッチ、大正のマッチ、昭和の戦前のマッチ、一冊で3000枚ぐらいあるんですよ。それが、何十冊だとかあるわけでしょう。マッチのラベルを一つと数えるんだったら、マッチのラベルだけで何十万点ありますよ。」


スゴイ!しかし、その膨大なコレクションをすべて覚えてられて、どこに何があるということを把握されているのがすごいですね〜。


照久「実はここだけの話だけど、むちゃくちゃ頭いいんですよ、僕!(笑)記憶力がむちゃくちゃいいんですよ。人間の脳って、実は、5%ぐらいしか使ってないんだって、95%は使ってないんですよ。僕の場合は、95%ぐらい使ってんですよ。(笑)」


その記憶力というのはすごいですよね。だけど、その記憶力って、好きだからこそ覚えられるっていうことがあるんですよね。


照久「ほんとそうです。好きじゃなきゃ覚えられないですね。僕は、興味のないことは覚えられないですから。」

旬子「ほんとうに、そのON OFFがすごいんです。どうでもいいことは、ほんとうにどうでもいいんです。ほんとに何にも覚えてないぐらい。自分の好きなことだとか、コレクションのことだとかはすごいんですけどね。(笑)」

照久「ひどいこというね〜。(笑)」


こういうことは、旬子さんじゃなきゃ聞けませんよね。このどんどん、どんどん増えていくコレクションですが、ふと、これどうなるんだろうと思われませんでしたか?


旬子「私、ほんとうに素になったときに、正直に聞いたんですよ。パパは、どこ向いてんの?何を目指してるの?ほんとうに素朴なんですけど、何になりたいの?何を目指してるの?と思うじゃないですか。」

旬子「本気で聞いたら、すごいよく考えて、『俺も分かんない…』って(爆笑)」

照久「でもね。横浜ブリキのおもちゃ博物館を32年前に作ったんです。今はね、ギャラリーを含めて7か所あるんです。その7か所のコレクションというのは、僕の集めたコレクションの3割なんです。あと7割は倉庫にあるんです。」

照久「実際の僕のコレクションの全容を見たら、自分で言うのもなんだけど、おそらく20世紀の最大のコレクションかもしれません。僕のコレクションの先輩に、大森貝塚を発見したモースがいるんだけど、モースは大きな船に2杯ぐらい日本の当時の生活雑貨を持って帰ったんです。しかし、モースのそのコレクションこそが、当時の日本の生活を知る上での最大の資料として、アメリカのミュージアムにあるんです。」

旬子「昔の看板とかね。」

照久「そう。当時の生活がすべてあるんです。僕のコレクションは船100杯は行きますよ。一人が集められる量じゃないんです。」


この世紀の世界一の生活文化のコレクターですね。歴史に名を刻むことになるでしょうね。


照久「中村さん、さすがに違うね。いいこと言うね〜。(笑)」

照久「でもね。一番と二番は違うんですよ。どんなジャンルでも一番になるといいんです。富士山は知っていても、日本で2番目に高い山は、みんな知らないんです。北岳なんだけど、一番は知ってても二番は知らない。どんなジャンルでも一番になると、まわりが評価してくれるんです。」

照久「一番になると、他のジャンルの一番の人と会えるんです。」


そうか。そのジャンルの代表になれるからですね。


照久「そうそう。どんなことでもいいんですよ。たとえば、商売をしているところだったら、これを売るのは私が一番とか、お客さんの名前を知っているのは私が一番だとか、在庫のことは私が一番知ってるとか、会社の中のどんな小さなことでも一番になると、そうすると他のジャンルの一番の人と会えるから、さらに向上心が出てくる、さらに情報が入ってくるとなるんですよ。」


なるほど、NO.1の法則ですね〜。いいこと、お聞きできたところでCMです。


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先ほど、奥様の旬子さんから、おもちゃを集めてどこへ向かっているの?と尋ねられたそうですが、37歳のときに横浜ブリキのおもちゃ博物館を開設された。それから、10年間休みなしで働かれたそうですが、その頃が、一番苦労だったかもしれないですが、楽しかったんじゃないかなと思うんです。その頃の生活というのはどうだったんですか?

照久「いや。楽しかったですよ。」

旬子「もう、ほんとうにバラエティに富んで、いろんなことがありましたよね。でも、若かったから、どんなことでもバイタリティがあって、大変でしたけど楽しかったです。」

照久「あのね。大変なときの方が振り返ったら楽しいんです。僕はね。忙しいから〜ができないというのは、かっこいいと思ってないんです。何か願いをかけるときに、お茶を断つというのがあるんです。」

照久「おもちゃの博物館は夢だったんで、その夢が実現したから、最初の一年間は、年に100日ぐらい行っていたスキーを断つ、海も行かない、好きな映画も行かない。今は、だから、断ってるんだって言ったんです。」

照久「僕がオープンした頃は、1986年、バブル景気が来るときだったから、ほんとうに忙しくなっていったんです。それこそ、今まで好きでやっていたスキーや海や映画に行くことが全くできなくなって、でも忙しいからできないのはカッコ悪いから、断つって言ってね。1年断ち、2年断ち、結局、10年断ち、3650日完全無休でしたよ。一日も、しかも、病気もしないんですよ。多少の風邪は引くけど、寝込むような風邪は引いてない。」

旬子「それまでのスキーショップのときは、展示会が終わると必ず熱を出してたんですよ。そのぐらい喉が弱かったんです。でも、気力ってすごいんだなと思いました。10年間ほんとうに病気もせず。元気でね。だからどれだけ気合が大事か。」

照久「それだけ自分が好きで、夢だったことだからね。僕ね。ほんとうに元気で、何でも鑑定団もおかげさまで、4月で25年目に入るんです。四半世紀じゃないですか。最初から出ているメンバーは、僕と中島誠之助さんだけですから、しかも、皆勤賞は僕だけです。」

照久「小学校の6年だって、なかなか取れないのに、もうすぐ25年ですよ。」


「好きこそものの上手なれ」ということわざは、ほんとうですよね。


旬子「自分でマイルールを作ると、人が何と言おうが守るんですよ。だから、自分が休むのが気持ち悪い。私が出会ったときも、学校は絶対に休まなかったです。」


「継続は力なり」とは北原さんのための言葉ですよね。決められたことは絶対に続けられますよね。いまだに腹筋ローラーはやられているんでしょう。


照久「やってますよ。一日、1セット10回を3セットやってます。腹筋ローラーは難しいんだけど、50歳のときからだから、もう、20年間。」


今でも、腹筋はバキバキに割れてますか。


照久「そうよ。でも、やるのは5分もかからないんです。やらないと気持ち悪い。」

旬子「去年の2月からジムに燃えだして、もう1年なんですけど、どなたかの言葉で火がついてそれで行きだして、仕事の前にも朝7時とか8時とかに行くんですよ。それで私が寒いからやめなさいとか言うんですけど、そうすると余計に行くみたいですけどね。(笑)」

照久「そうそう。僕のスタッフが驚くのは、1回の講演でも普通は大変なんです。それで、2回、ダブルヘッダーというのがあるんです。もっと大変。さらに、一日3回というのもあるんです。午前、午後、それから、夕方から、それ終わってから、ちょっとそこで降ろしてくれって頼んで、みなとみらいのインターコンチネンタルホテルの4Fのジムに行くんです。夜、8時ぐらいから。え〜、今から行くんですかって、みんな驚くんですよ。」


70歳の古希で、すごいな。

照久「うちの女房は、こき使う(古希使う)って言ってますよ。(笑)」

旬子「これからが、こき使いどき!」

照久「いい言葉があってね。50、60、花ならつぼみ、70、80、働き盛り、90で迎えに来たら、100まで待てと追い返すという言葉があって、自分の中ではほんとうにそう思ってるんですよ。これからが働き盛り、今まで培ってきたいろいろな経験、そして人脈、これを最大限に生かしながら、今まで1年でやったことをこれからは1か月でできると、そう思ってるから、すごい楽しくてね。」


その変遷を奥様はご覧になっていて、もうちょっとついていけないわと思ったことはないのですか。


旬子「いつも、自分の思い通りなる、言った通りになると、すごい前向きで、その通りになっているかなとも思いますから、この生き方は変わらないと思いますね。」


ご夫婦というのは、一方がパワフルならば、もう一方が疲れてしまうというのがパターンかなと思ってしまうのがあるのですけれど、どうなのでしょうか。

照久「パワフルさは、僕よりも女房の方がありますよ。8月のあの暑い時に、17回ゴルフ行ったんですよ。二日に一回じゃなくて、1.8日に一回ですから。すごくないですか。」

照久「僕も若い若いと言われるけど、うちの女房、もっと若いかもしれないね。ゴルフ、ダンス、エステでしょう。あと何だったけ。」

旬子「いろいろ忙しいです。」

照久「それだけ元気でいてくれるのは、ありがたいよね。」


古希を迎えられて、お二人は非常にお幸せにお暮しですよね。でもね。よく北原さんは、お金持ちの息子さんだったとか、奥さんがお金持ちだったからできたんだとか、言われますけれど、実は、ゼロからのスタートなんですよね。ゼロからのスタートで、コレクションを外に出さずに集められると同時に、今、こういう悠々自適の生活をしておられる。今でも、どちらも現役でご活躍ですけれど、やはり夫婦円満じゃないとなかなか難しいんじゃないかと思うんですよね。この円満の秘訣を聞かせていただけたらなと思うんですよね。


照久「秘訣はね。語るんですよ。コミュニケーションがなければだめなんです。僕ら夫婦はね、良く話すんです。よく若い恋愛時代はよく話をしているって、でも、だんだん会話が少なくなってくるって言うじゃないですか。僕は、だんだん、だんだん、会話が多くなってくるぐらい、ほんとうによく喋ってますよ。」


旬子「でも、ずっと講演とかして帰ってくると、もう一回しゃべらないといけないのとかなるんです。そういう時は、疲れてるからいいとなるときもあります。」

照久「僕はね。今日、こういう人と会いました。こういう話をして、こうやって盛り上がりましたと報告するわけですよ。女房は、寝たふりするの。狸寝入りするんですよ。私に話してもお金にならないからみたいな。(笑)」


北原さんの方が、よく奥様にお話をされるのですか?


旬子「そうですね。私も友達との楽しい話はしますしね。ずっとしゃべってれば、ずっとしゃべってますから、寝たふりしないと終わらないなと思うときは、寝たふりしますけどね。」


照久「でもね。面白いですよ。今日のゴルフで、こんなことがあっただとかね。うちの女房はマージャンが大好きなんです。僕も大好きなんですけど、うちの女房は、みんな知ってる人だったら安藤和津さん、パリコレのスーパーモデルの秀香さん、そういう女性のマージャンなんです。そん中で一番強いんですよ。うちの女房が。北原ジャン子って呼ばれてるんですよ。旬子じゃなくて、ジャン子。」

照久「僕もマージャンしますから、イメージでどんな内容か分かるじゃないですか。いろんな話を聞くんだけど、それが可笑しくて、へたくそでね。(笑)」


なるほど〜。楽しそうなお二人の会話が目に浮かびますね。こうやって二人が仲良く来られたのは、密なコミュニケーション。お互いに反し合って、お互いに認め合う、あるいは、許し合うということなんでしょうね。

今夜は、いろいろ楽しいお話や勉強になるお話をうかがうことができました。今夜のスペシャル番組のゲストに、横浜ブリキのおもちゃ博物館館長で、開運!何でも鑑定団鑑定士でもおなじみの北原照久さんと、奥様の北原旬子さんにお越しいただきました。来週、再来週の教育BOXの通常回にも、北原照久さんにゲストでお越しいただきます。どうもありがとうございました。