2009/9/22 23:28:4
GHQと日教組
明星大学戦後教育史研究センターの勝岡寛次さんの研究によれば、日教組の生みの親であり育ての親であるのは、GHQであるそうです。

終戦後、アメリカの日本占領の目的は何であったのでしょうか。それは簡単です。二度とアメリカに楯突かぬ従順な国につくり上げることでした。

そのためにすべきことは、旧の支配者層の一掃と日本人の恐るべき強靭な精神の解体でした。

そのために、戦前までの道徳や精神性はことごとく否定されました。また、戦前の日本人の考え方こそが悪であり、間違いだと刷り込む必要があったのです。

その一つの方法が、戦前の教育の全否定です。そのために、GHQの初期の占領政策で利用されたのが日教組でした。

ロシア革命(1917年)の5年後にコミンテルン日本支部として日本共産党が誕生しました。その影響を受けて、昭和5年(1930年)に非合法で日本教育労働者組合(教労)ができ、マルクス・レーニン主義を綱領に掲げました。

昭和8年(1933年)に教員赤化事件で、教労の教員が大量に検挙されました。教労関係者はその後、地下に潜り活動を続けました。

敗戦後の昭和20年(1945年)、GHQの初期の占領政策では、旧の支配者層に対抗する勢力を作るために、左翼勢力を利用することを考えました。そこで、収監されていた共産党幹部を解放し、労働組合の結成を奨励しました。

その結果、労働組合が一斉に作られました。教員の世界でも、共産党の影響下で、全日本教員組合(全教)→日本教育労働組合(日労教)→全日本教員組合協議会と発展しました。一方、社会主義を目指す勢力は、教員組合全国連盟を結成しました。両者は、昭和22年(1947年)に合同し、教員50万人が所属する巨大組織、日本教職員組合(日教組)が誕生しました。

一方、戦前からの教師で、信念をもち、占領政策に反旗を翻しそうな教育者は、パージされました。実に、12万人もの教員が教壇を追われました。この時点で、戦前教育精神の継続性が切れたとも言えるでしょう。

GHQの民間教育情報局教育課は、教員組合を文部省の対抗権力に育てました。文部省の中央集権化した戦後システムを打破しなければ、将来危険だと考えました。そのために、各自治体に教育委員会をつくり、一極集中をの権力を分散させ、文部省の対抗権力に日教組を仕立て上げたのです。

GHQの経済科学局労働課は、教員組合にストやデモの仕方を教育しました。コーエン課長は極左思想の持ち主だったそうです。組合活動は、やがて、GHQの占領政策をも否定する場面も出てきました。

ところで、GHQもこれほど日教組が巨大化し、占領政策まで弊害がでるとは予想しませんでした。共産主義や社会主義がこれほど大きな力を持つようになるとは想定外だったのです。

そこで、マッカーサーは昭和22年(1947年)2月1日のゼネストで、このまま行けば、共産主義革命になると判断し、中止指令をだしました。その後、GHQは方針転換し、後期占領政策が始まります。

昭和23年(1948年)に、教員を含む公務員の争議権、団体交渉権が禁止されました。昭和25年(1950年)には、レッドパージが行われ、共産党幹部24人と赤旗幹部17人を追放され、教員も全国で5千人追放されました。

しかし、時すでに遅しです。12万人の信念ある教師を追放し、50万人の左翼教師を作り、その後、5千人のみ追放したのですから、教職員の左傾化の流れは止まりません。それが、現在も続いています。

アメリカさん、マッチポンプやおまへんか!たいがいにしてくださいな。おかげで、自由民主主義国家にもかかわらず。学校では左翼思想が幅を利かしておりまんがな。ソ連や東欧諸国はとっくに崩壊してるのにです。

左傾化の流れは、東京大学を頂点に大学教育、特に教育大学を中心に今も続いており、教員大学出身者には左傾化傾向が継続して見られます。

かつてあこがれた進歩的文化人は、たいてい左傾化思想の持ち主ですね。マスコミも初期の占領政策の影響下にありましたから、いまだに左傾化が続いています。NHK、TBS、朝日新聞、毎日新聞、日経新聞…

ただいま、左翼信奉のマスコミさんは、保守中道のお面をかぶった左翼政権誕生に狂喜乱舞しておりまんがな。麻生さんのときは大バッシングでしたが、鳩山さんのときは静かですね。

鳩山さんの東アジア共同体?体制の違う国とどうやったら共同体になれるのですか?少数民族であるチベット人やウイグル人に対する弾圧虐殺!文化大革命時の大粛清!おお怖い。少数民族の日本人の将来が浮かぶようです。

媚中派の連中はこの国を中国の属国にしたいのでしょうか?漢民族は約12億人、日本民族は1億2000万人、共同体になったら飲み込まれてしまいますやおまへんか。

日本国と日本民族はどこへ行ってしまうのでしょうか?